感じたことは山ほどあれど、ことばにできないもどかしさ

 意味の前に無意味がありました。秩序の前に混沌がありました。自然は多分そういうふうに生まれてきたのです。無意味が怖いから、混沌が不安だから、人間は自然を意味づけ管理して、人間にとって心地よい秩序を確立しようとします。でもどんなに意味を求めても意味からこぼれ落ちるものがある。どんなに秩序を打ち立てようとしても混沌はなくならない。それは人間もまたロボットではなく自然の一部だからです。
…。
谷川俊太郎「生命の源」元永定正『ちんろろきしし』204頁(福音館書店、2006年)

このままでは人間としてダメになる、ということで先週のとある日の午後、伊丹市立美術館に、「もうやん えっちゃん ええほんのえ」っていう展覧会を観にいってきました*1。こちらのほうがおわりが早いということで、急遽、鍋島焼はあとまわしにしていくことに。
絵本の原画展、ということだったんですが、いやいや、とてつもなく良かった。元永定正・中辻悦子のいずれの作者の絵本も、キャラクターが決まっていて、それがストーリーに従って動くところを描く、と言う絵本ではなく、感じるままに描かれて、ことば、というより詩が載っている、と言う感じの絵本。で、そこに描かれている画が、色とかたちがとても良かった、というのも、もちろんあるんだけれど、他の誰かに「いいね」といってもらおうとして作っているのではなく、自分が「これがいいんだ!」というものを創り上げて、そのあとで、「ちょっといいものできたんだけど、これってどうよ、みてみてくんない?」とおすそ分け気分で見せてくれているような、なんともいえない清々しさを感じることができて、本当に「ほわぁ〜〜」という気分に。
さらに、絵本の原画、ということで、ことばの載っていない原画と、ことばの載っている絵本を見比べることが出来て。そのなかでも、特に、「もこ もこもこ」と言う絵本が面白かった。絵をみたときに思い描いたイメージが、それ以外のことばだと確かに表現できないよなぁ、ということばで綴られていた。ことばを扱う人間として、かなり悔しい。まあ、谷川俊太郎と比べようというのがそもそも間違っているわけだけれども。
そんな展覧会で、出会ったのが冒頭に引用した文章。『ちんろろきしし』という本のあとがき的な位置に載っている『生命の源』という谷川俊太郎の文章の冒頭なんだけれども、読んだ瞬間に、ものすごく衝撃を受けた。どういう衝撃かをことばにうまくできないけれど、例えば、院生時代に、直観的に「基本権保護義務論にはのれない」と感じたその根源が、この文章で表されているイメージである気がする、とか*2。もひとつ例えば、「無意味が怖いから、混沌が不安だから、人間は自然を意味づけ管理して、人間にとって心地よい秩序を確立しようとします」というのが、実は法学のありようを結構うまく表しているんじゃないか、とか。やっぱりうまくことばにできないや。おれは、谷川俊太郎になりたい。
最後に、この『ちんろろきしし』について興味があるのは、普通に法律をやっている人間がこの本のページを最後までめくることを耐えきれるのだろうか、ということ。この絵本は、「全く意味を持たない文字の組み合わせ」と「抽象画」が並べられているだけ。少なくとも、これまで読んできた法学論文から受ける印象からすると、法律学をやっている人は「意味をまるでもたない世界」に耐えられない気がする。まあ、「意味」とか「秩序」をどうやって組み立てるのか、ということをやっているわけだから当たり前といえば当たり前なんだけれども、でも、法学は人間の生活をまるっと対象とするわけで、そんな法学を専門としてその対象とする人間は、「意味からこぼれ落ちるもの」を無視することなく、でもそこに逃避することなく、「意味」だの「秩序」だのを考えていく、という視点を、自らの意識のほんとうに隅っこのかけらでいいから、もっている必要があるんじゃないか。「意味」だの「秩序」だので説明しきれる部分しか見ないで、「全部を体系化したんだ、えっへん」というだけということでもなく、「意味」だの「秩序」だのでは説明できないところだけをみて哲学のような抽象的な世界をぐるぐる巡るだけということでもなく。怖くて不安だから「意味」とか「秩序」を作っちゃう人間も、それでも意味からこぼれ落ちていくものをもっている人間も、全部ひっくるめて対象にできるのは、実は法学のものすごく大きな長所なのではないか、だから法学って面白いと感じるんじゃないか、何てことも思ったわけです。
なんにせよ、変な論文を書いている自分のとてもとても大事なまんなかに近いところに、最初に引用した文章で表せる何かがあるんだろうなぁ、と。そして、こんなことを「すぅ〜っ」とことばで表現できる谷川俊太郎はすごいよ、「ことばをあつかう人間」だなんていいながら少しでも比べてみてしまったり、なりたいなんていってしまったりした自分に恥じいるばかり、というところで美術館をでたんだとさ。おしまい。

*1:もちろん午前はおしごとおしごと

*2:おかげで一本余分に論文書く破目になったけれども、、、