D論の構想ノート

そんな掃除のなかで、D論の構想ノートが出てきて、しばらく時が止まってしまった。
汚い字で書いてある。矢印がどこに向かっていて、どこにつながっているのかわからない。当時、自分の持っているイメージをどういう風に表現できるのかが全然わからないなかで、いろんな論文を読んで、いろいろな概念をあてはめてさまよっていたことがはっきり思い出される。そして、今の自分が読んでみて、何を言いたいのかこれじゃつたわらねーよ、っていう記述の目白押し。さっぱりわからない。せつない。でも、表現したいイメージは変わってないというのも確認できる。これはちょっとうれしい。でも、まだ表現できていないし、どうすりゃいいのかわからない、っていうことがあるのも確認できる。これはかなりせつない。
このときの自分に、D論と、その後の論文を読ませたらなんていうんだろ。「何が書いてあるのかさっぱり理解できない」とはいわれたくない。いわれそうだけど。「続きが気になる」とかいわれたらさすがにうれしいだろうな。